日本各地に今も残る懐かしい婚礼
鬼太鼓(新潟・佐渡島)
鬼太鼓(おんでこ)
デンドコデンドコしだら打ちの太鼓の音色が鳴り響く中、新婦が見つめる先には髪を振り乱しながら凄まじい形相の鬼が舞う―。披露宴会場で島外の人間が驚愕するそんな光景も、ここ佐渡島では自然なことだ。ある時は新郎自ら、またある時は兄弟や幼馴染が鬼を演舞し、客席からは次から次へと笹の葉で覆われた太鼓を叩きに人が飛び出してくる。
いまだ 30 余りの能舞台が残り、佐渡おけさや古浄瑠璃などさまざまな伝統芸能が残る佐渡において、ひと際、島民に愛されているのが鬼太鼓だ。島内の約 120 地区で伝えられていると言われており、集落ごとに太鼓の音色も違えば舞いも違う。翁の面をつけた演者の脇で薙刀をもって鬼が控える豆まき系、片足でケンケンする一足系、悪い獅子を鬼が退治する潟上系、太鼓と笛に合わせて 2 匹の鬼が舞う前浜系、一匹の鬼がしっとりと踊る花笠系があり、 4 月 15 日を中心に行われる豊作祈願と 9 月 15 日を中心に行われる収穫祭をはじめ佐渡各地のお祭りに登場する。その年の豊作や大漁、家内安全を祈りながら、集落の家を一軒ずつ回る「門付け」と呼ばれる習わしは、佐渡の風物詩で郷愁を誘う。
「佐渡の鬼は悪者ではありません。むしろ人間の手に負えない悪霊や悪い神を追い払ってくれる、身近で大切な存在なんです」と新穂地区・潟上出身の金子亜由美さんは語る。一度は東京へ出たものの 25 歳のときに佐渡に戻ってきた夫の佳史さんとの結婚披露宴を計画した際、「鬼太鼓」は欠かせないと考えた。
「島民にとって鬼太鼓の鬼に選ばれることは名誉なことで、男衆にとっては憧れです。子どもたちは鬼太鼓に参加することで厳しくしつけられ、礼儀や集団行動を学びます。私が育った地区は同じ佐渡でも鬼太鼓文化の薄いところで、鬼太鼓のさかんな集落がうらやましくもありました。私たちの披露宴は島外からのゲストも多かったので、佐渡の自然や味覚とともに、ぜひ鬼太鼓を楽しんでいただきたいと思いました」と佳史さん。
新婦・亜由美さんのお兄さんや友人が所属する潟上系の鬼太鼓集団は、白鬼黒鬼、白獅子黒獅子が登場する。どちらも白が格上。鬼や獅子になれるのは40 歳未満の男性と限られている。昔は女人禁制だったが、島の人口減少により今では太鼓を女性が打つ集落も増えたという。亜由美さん自身もそのひとりだ。
「集落ごとに鬼の型が違っていて、各々が『うちの鬼が一番』と思っています。それに佐渡では参加することが醍醐味。私たちの披露宴も次から次に、親戚や友人たちが太鼓を叩きにやってきました」
海と空が広がる日本海最大の島・佐渡島で、神の使いの鬼たちに背中を押される披露宴。新たな門出を迎えるふたりにとって、これ以上ないほどの頼もしい祝舞だ。
佐渡・鬼太鼓の起源
鬼太鼓の発生説はいくつもあり、どれが正しいか定かではない。奈良時代に日本に伝わった唐の獅子舞が多少変形して佐渡に入ったものという説と、相川鉱山の大工が打つ鳴物から発展したものという二つの説が有力。また、「日本書紀」には日本最古の鬼として、佐渡の「鬼魅(きみ)」が記録されているなど、佐渡と鬼は古くからゆかりがあるのかもしれない。
年々島の人口が減少しているにも関わらず、鬼太鼓の鬼組の数は変わっていないそうだ。それは、子供や女性など鬼太鼓に参加する層が拡大していること、そしてそれぞれが自ら属する流儀に誇りを持って取り組んでいることが理由であろう。
鬼太鼓は、まさに一人ひとりが主役。鬼だけでなく見守っている仲間たちも一丸となってつくり上げる、他所では真似の出来ない、佐渡の地域密着型の伝統芸能である。