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日本各地に今も残る懐かしい婚礼
江戸の鳶木遣(東京・神田)

2017.11.16

人口もその賑わいも世界一とうたわれた江戸の町。 神社で祭りがあるといえば、神輿行列の出立のときに、 どこかで新築の家が建ち始めたら、上棟式の日に、江戸の空に響き渡ったのが、 いなせな半纏(はんてん)姿の鳶(とび)職の木遣(きやり)歌。 町内の世話を一手に引き受けていた鳶の人たちは、平成の今も健在だ。 朗々と響くその木遣の声は、新郎新婦の初めの一歩を先導する。

「いよぉ〜 お〜ぉん やりょぉ〜(おーい、はじめるぞー)」
「え〜ぇえ〜 よぉ〜」

抜けるように青い空が広がる神田明神の境内に、腹の底から突き抜ける声が響き渡る。「五番」の文字と白い四本線を染め抜いた半纏姿の鳶職人。高らかに木遣をうたいながら、拝殿までの新郎新婦の参進行列を先導する。

「火事とケンカは江戸の花」といわれたが、江戸庶民文化を語るうえで欠かせないのが鳶職の人たちだ。徳川家が江戸に幕府を開いた江戸時代、全国からたくさんの人たちがこの新しい都市に集まってきた。そこで必要となるのが家屋などの土木作業。それを一手に引き受けたのが鳶職人だ。鳶職は次第に火消しも兼ねるようになり、江戸の花形の職業となっていった。

鳶職人は組に分かれ、それぞれの組が江戸を地区割して管轄する。その町内のさまざまな世話をするのも役割になっていった。現在でも、地域の氏神神社のお祭りのさまざまな世話をするのは、鳶職人たちの仕事のひとつだ。

鳶職人たちが力を合わせて土木作業をする際に、息を合わせるためにうたわれたのが「木遣歌」だ。戦後、機械が導入されるようになり、労働歌としての木遣をうたう機会はなくなったが、その伝統技芸は「江戸の鳶木遣」として東京都の無形文化財に指定された。

「江戸総鎮守」とされた神田明神では、神前結婚式の際、新郎新婦が境内を拝殿に向かう参進で、鳶職人により木遣がうたわれる。「結婚式では木遣の前に、うちの頭(かしら)が新郎新婦のために作った祝詞(のっと)をやるんですよ」そう語るのは、「江戸消防記念会」第四區五番組の渡辺晋作さん。

神田明神 にお問い合わせ

神田明神の結婚式では、希望者には参進で鳶木遣をあげてもらうことができる。2012年に挙式した横本昌之さんはブライダルフェアの模擬結婚式で渡辺さんの木遣を聴き、衝撃を受けた。「この人の木遣で出立したい」その想いが式場選びの決め手となったという。

「千代田の杜の神田明神
社の御前に奉り
盃交わす(新郎新婦の名前)
日本一の晴れ姿
おめでたーやー」

揺るぎない声であげられる祝詞に続いて、甲高い木遣の第一声が響き渡る。神田明神で結婚式を挙げた横本昌之さんは、江戸文化に興味を持っていたことから、参進での木遣を希望した。当時を振り返って、横本さんはこう語る。

「第一声で、境内の空気が一転するんです。とても清々しい緊張感。一瞬で僕たちの気持ちがひとつになった。まさにその瞬間が大事な一日の始まりとなり、なにひとつ悔いのない結婚式の日を過ごすことができました」

控えの間のある会館から拝殿まで、境内を参進する。先頭は雅楽を奏じる楽人、次いで祭主(神職)・木遣の鳶・巫女・新郎新婦・参列者。横本さんご夫妻は当日の招待客60名全員で参進してもらった。「一緒に参進をしたかったというのもあるんですが、皆さんに木遣を聴いてほしかった。これは僕たちからゲストへのおもてなしでもあったんです」。

横本昌之さん・幸子さんご夫妻。ふたりとも、以前から江戸の庶民文化・伝統文化に興味を持っていたとのこと。結婚式の後、昌之さんは自分も習い始めたほど、木遣に惚れ込んだという。

参考知識/東京の鳶職人と木遣について

現在ではご祝儀や祭礼でうたわれる鳶の木遣。昭和 31 年に無形文化財にもなったこの技芸を担うのは、東京23 区 内の鳶職の人たちが所属する 「江戸消防記念会」だ。渡辺さんによると、木遣の稽古が 行われるのは月に3 回。出初め式、消防殉職者慰霊祭といった、大勢で行う鳶の木遣の 前は 1 週間の通し稽古が行われる。こうして代々、鳶職 の人たちは木遣を受け継いできた。
毎年5 月に行われる神田祭では、神田明神から神輿行列が出発する際に、迫力ある鳶の木遣を聴くことができる。

左/天下祭として知られる神田祭では、渡辺さんをはじめ鳶の方々が要所要所で木遣を奉納する。

右/鳶の木遣には「アニ(兄)」「オト(弟)」と呼ばれる役割がある。第一声をあげるのは、アニの役。それに応えるようにオトが「え〜 ぇえ〜」と声をかぶせる。初めて聴く人にも、日本人ならそのDNAに響く声だ。

初出:日本の結婚式No.21
取材・文:平井かおる
取材協力:神田明神、江戸消防記念会・第四區五番組

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