日本各地に今も残る懐かしい婚礼
坂越の嫁入り(兵庫・赤穂)
坂越の嫁入り
潮騒のなか古い街並みで蘇る、昭和の花嫁行列
穏やかな瀬戸内海の港町・坂越。赤穂の塩を運ぶ拠点として明治まで栄えた坂越には伝統的な古い町並みが今も残されている。この地で昭和初期まで行われていた昔ながらの嫁入り、その懐かしい風景が一年に一度、復活する。地域の氏神様での神前挙式に、港町ならではの三三九度。花嫁は潮騒のなか、提灯行列に導かれて嫁いでいく。
桜の蕾が膨らみ、春を待ち望む気配が町中に漂う3月下旬、この地で昭和初期まで続いた伝統の婚礼儀式が、有志による町の行事「坂越の嫁入り」として平成26年から再現されている。 坂越の嫁入りは「迎え提灯」とも呼ばれる提灯の幻想的な明かりのなかで行われるのが慣わしだ。かつて余所の地からこの港町に嫁いできた女性たちは、高低差の激しい道を歩き、船に揺られて町へとやってきた。「中宿」と呼ばれる施設で休憩をとり、日が沈む頃にあらためて出発する。出立ちの際に謡われた長持ち唄が一年に一度、坂越に響き渡る。「蝶よナーヨー 花よとヨー 育てた娘 今日はナーヨー 他人のヨー オヤ手に渡すナーエー」 仲人の提灯に先導され花嫁道中が向かう先は、新郎家に見立てられた「坂越浦会所」。
建物の前では提灯を灯した新郎が花嫁を待っている。
二回目となる今年は、多くの人が見守る建物の前で昔ながらの三三九度も再現された。結びの盃でもある三々九度は、おさかなここに」という港町ならではの掛け声とともに、小さな子どもたちによって酌が行われる。この役は、10歳くらいまでの親戚の子どもたちに任されることが多かったという。地元の年配者の中には嫁入りだけでなく、この役の経験者もおり、その方たちの話をもとに再現された。記憶にあるのは大役を任された緊張感と晴れがましさ。美しい着物を着られるのも楽しみだったそう。間近に花嫁を見た女の子たちは、嫁入りへの憧れを募らせただろう。
1年目に新婦役をされた田中麻紗美さんは、坂越の嫁入りを再現するにあたり、「坂越・瀬戸の嫁入り実行委員会」の門田守弘さんたちが当時の話を伺った坂越美代子さんのお孫さん。挙式をせずに結婚したため、お婆様の嫁入りの話を知り、自分もやってみたいと思ったのだそう。門田さんたちは渋る旦那さんを説得、準備を進めていった。長持ち唄を歌える人や、中宿とする場所を探すなかで、地元住民の協力が心強かった。中宿に見立てた「坂越まち並み館」と新郎家とした「坂越浦会所」までを結ぶのは、入り母屋の造り酒屋や酒蔵の白壁が建ち並ぶ坂越のメインストリート「大道(だいどう)」だ。当日は町を挙げての一大イベントとなり、その日誰よりも泣いたのは新郎だった。
今年の新郎新婦役は実際に当日が結婚式となるカップル。坂越浦を望む坂の上にある大避神社で挙式後、「坂越浦会所」までの道のりを提灯の明かりのなか進む。幻想的に浮かび上がる花嫁の姿は、余計な色がなにもないこの町に一足早い春を連れてきたようだ。